7月1日、午後5時。ビザを手にした勢いでとりあえず、フアランポーン駅へ地下鉄で。タイ国鉄のおっきな駅。はじめはカンボジア行こうかと思ってたんやけど、カウンターで聞いたらその日はもう電車は無し。チェンマイも前に行ったしなーと思って、近所をブラブラして食事。バンコクと言えどもいろんなバンコクがあるな。そんで駅に戻って時刻表見てたらNong Khai行きを発見。地図と見合わせたらラオスの真下。なんかおもろそう!発車10分前。事前情報なんもなし。心のなかで“行ってまえ!行ってまえ!”という声と、“一晩泊まって考えろ”という声が叫びあう。気がついたらチケット握って発車直前の電車にすべりこんでたww
約12時間の列車紀行。馳星周の小説読みきって暗鬱とした気分を味わってるうちに爆睡。夢の中で知らないおばちゃんのお化けが出てきた。車のドライバーのようだ。こちらを振り返ってニヤリとする。怖さのあまり彼女の顔に煙草の火を押しつける。ギャーと悲鳴をあげたところで目が覚める。すぐにノンカイに到着。午前8時。
駅に降りると西洋人が結構いる。みんなラオス行くんか。ちょっとぐらいゆっくりしたらええのに、と思いつつ向かいの食堂で腹ごしらえしてたら誰もおらんくなってもーたww食後の一服してたらトゥクトゥクのおっちゃんから国境まで200バーツ!との勧誘。全く道も知らんから乗らなしゃあないよなー。100バーツにまけてもうて人生初国境へ。なんかワクワクするなー。タイ出国。すぐにバスのチケットを買わされる。ラオスのイミグレーションまでバスで。てことはこの間は一体何国なんや。それよりもラオス入国にビザとかいらんのか?なんももってへんぞ、自分。とか考えてたら到着。
VISA ON ARRIVALの窓口が見える!よかった、よかった。欧米の顔つきの人たちが何やら用紙に書いてる。それ、どこでもらったんすか?と聞くと2番窓口、と。ガラガラっと開けて用紙ください、と言う。日本人?何日滞在?と聞かれ、一週間、と答えたらビザいらんよー、と。なんてラッキーな!ビザ申請の列に並ぶ西洋人を横目にイミグレへ直行。入国カード書いて完了。スタンプ、ポーン。なんか謎のカード買わされたけどwwそれを改札機に入れてゲートが開いて無事入国。いやいや、横がら空きですやんw
そっから乗り合いのタクシーでビエンチャンまで。イギリス人とイスラエル人と話す。初めてイスラエル人と会ったけど普通に西洋人なんやね。うん。イスラエルって旅行行っても大丈夫なん?と聞いたらノープロブレム、メディアを信じるな、って。みんなウンウン言うてる。メディアに対する考え方も共通。彼らとはタイ大使館前でお別れ。タイ戻る用のビザ申請しに行かなあかんらしい。時間も金もかかるし、西洋人も大変やな。日本人はその点では恵まれてる。日本国も捨てたもんじゃないねー。
とりあえずカフェでクッキーとコーヒー飲む。バーツで支払っておつりが10バーツ来るはずなんやけど2000て書かれた札が返ってくる。なんか嬉しいwほんでラオスの首都、ビエンチャンを宿を探しつつぶらぶら。これぞアジア!って感じの街並み。
むちゃくちゃ金持ちになった気分。いや、アホ丸出しw
街中では英語もあまり見かけへんし、看板なんかもタイ語?ラオス語?意味不明。あと、やたらと中国語を見かける。そういや社会主義の旗があちこちではためいてる。。暑いし、重いし、限界。流しのトゥクトゥクの兄ちゃんにホテル連れてってくれ、と頼む。が、英語が通じない。タイ語とボディーランゲージでなんとか意思疎通。300000キップと言われる。が、よー考えたらボッタクリプライスやんけwあぶないあぶないw0の魔力にやられるとこやった。結局10000キップで宿に連れてってもらい、100000キップの部屋にとりあえず決める。
シャワーあびて、散策開始。中国の会社が巨大なモール作るために投資してるみたい。
完成予想図みたいなんには白人が映画館で楽しそうに笑ってる写真。ハーゲンダッツ。プール。なるほど、現地人向けの施設ではないのか。ここから少し歩いた先に市場。これが現地の生活の一端やからね。
なんしかいい感じの国なのは間違いないな。
喫茶店で。
アイスコーヒーください。
あ、ごめん。ブレンドしかないんやけど。
全然いいっすよ。
了解!
論点ちがうくないっすかww
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