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1.15.2015

pics in paris B

pics in paris A

苦行inパリ

1月12日

早朝6時30分。こんなに早く起きるのはいつぶりだろうか。二人の寝顔をしっかり見てから出発。この方があんまりさびしくないね。


グルノーブル駅からTGVでパリのGare De Lyonまで約3時間、93ユーロ。グルノーブルの駅好きやなー。


睡眠不足のせいかウトウトしてたら到着。12時。これが花の都パリですか。



とりあえず地下鉄の路線図をもらう。そんで地下鉄1day passを購入。パリの中心部から5段階にゾーン分けされてて、自分はゾーン3までの券を10ユーロ弱で。

荷物を預けるとこがどっかにあったんか知らんけど、帰ってくるかわからんし持って移動することに。重。

パリは地下鉄がむちゃくちゃ発達してるから適当に歩いても駅を見つけられる、とマンちゃんに聞いてたからとりあえず思うまま歩く。うん、これこれ。ワクワクする。







適当に歩いても歴史のある建物が次々出てくる。荷物が15キロほどあるんでこれは苦行ですなw休み休み歩いて写真を撮り続ける。ほんでぶちあたったのがこの広場。


Place de la Republiqueってとこ。自由の女神がどーんとあるんやけど、おそらく前日に大きなデモがあったんやろね、残り香があってしばし見物。メディアもようけ来てはる。








女神像だろうがなんだろうが落書きしちゃうのがパリっ子。ぶちまけられたゴミやタバコの吸い殻やビールビン。追悼の花束。たしかにアーティスティックでカッコいいんやけど、起こった事件とデモの意味とか考えたら、なんか違和感を感じた。まーデモの場に居なかったんで雰囲気はまた違ったんかもしれんけど。

そういや、テロに対してのフランス人の反応を書いたブログについて興味深いメッセージをもらったんで勝手に紹介させてもらいます。




クレモン君が言った言葉は、ある意味真実をついてはいないだろうか?

テロリストが使用した武器は、AK-47となっているが、スイカを粉々に砕くこの銃弾が、なぜ警官に当たっても血すら出なかったのだろうか?

この「撃たれた警官」とその他の殺された人々は、果たして同じ「犠牲者」なんだろうか?

あるモスレムが問いかけた。「今回のパリの事件はフランス人がフランス人を殺しただけじゃないか、それが一体イスラムと何の関係があるのだろうか?」

イスラム国とは、本当にイスラムと関係があるのだろうか?


メッセージにはYouTubeの動画も添えられてて、9.11と同じように陰謀の影がチラチラ。そういう風に物事を疑ってみるのも大切なことかと。

で、自分がニュース見てて思ったのは犯人を“アルジェリア系フランス人”って言うてるメディアがあって、それって変やない、と。それこそ差別と偏見につながっていくんちゃう。もし犯人が生粋のフランス人やったらどう表現するんでしょか?

まータイムリーにパリに来てしまったらこの話は避けて通られへんよね。実際街には警官だらけ。迷彩服の兵士までぶらぶらしてる。どでかい黒いカバン背負ってたけど、自分の人相がええから職質もなんもされんかった。






これはノートルダム教会の近く。セーヌ川を眺めるふりして一枚。教会は大行列で入る気失せてスルー。重いし、疲れたし、腹減ったし、金ないし、、、スーパーでパンとチーズを買う。うん、チーズはすっごい実用的。いまやなくてはならない。

ほんで、次はマンちゃんオススメPompidouへ。建物むちゃくちゃかっこええがな!









入る時は持ち物検査。ムッシュが口笛吹きながらカバンをあけて、フランスパンとチーズを発見してちょっと驚いてから“うん、オッケ!”


なかには美術館やら映画?もあるんやけど、時間もないしパリを展望できるスペースへ3ユーロで入場。ちなみにチケットを見せれば荷物預かってくれるんで、使いようによっては助かる。地下鉄のRambuteau駅でてすぐやしね。


時刻は5時過ぎ。日もくれてきてパリぶらぶらは次のモンマルトルで最後。マンちゃんにメモってもらった通り地下鉄おりて徒歩で丘のてっぺんへ向かう。荷物背負って一日歩くことって意外と無くてかなり体力的にしんどくなってきた。肩と背中の中心が痛みだして、もはや苦行ですやんww


どうやら道を間違えてたらしくえらい遠回りしてもたけど、てっぺんからパリの夜景見てたら少し感じるものはあった。






さて、時間もぼちぼち。空港へ向かう最後の電車がGare de Nordから9時に出るんで、最後の力をだして歩く歩く。なるべく街を見たいからね。


ほんで電車に無事に間に合ってBeauvaisまで。安い飛行機やから場所が悪いんよね。




空港行きのバスが22時35分に出る。これが最後。時間まで酔っぱらいのモハメッドおじさんとベドローニャ兄さんと話して待つ。




これまでいっぱい覚えた汚いフランス語を話せて嬉しい。フランス語話者は外人がフランス語話すとすごい喜んでくれる。こっちも喜んで覚えられる。でもパリを一人でぶらぶらして思ったのは、表記がほんまフランス語ばっかり。観光客が腐るほど来てるパリでこれやからね。逆に意識してやってるとしか思われへん。


ほんで、おっちゃんにパンもらったりタバコ巻いてあげたりしてたらバス到着。かと思いきやスルー!!!え、なんで!?どうやら待つ場所が数メートルずれてたみたい。てかおもっきり手あげて合図してんのにスルーってどういうこと。これ、この日最後のバスw


はー。そしたらモハメッドおじさんが“泊まるところがあるから来い”的なことを。ベドローニャ兄さんと半信半疑でついてく。でっかいマンションの裏口みたいなとこへ。


えらいガタイのいい兄さんが二人、まるで守衛みたいに立ってた。おっちゃんが僕らの事情を説明してくれてるけど、だめっぽい雰囲気。ルームシェア仲間?姉さんやらジイさんもでてくる。


兄さんが英語で聞いてきた。


“病院で寝るのと、外で寝るの、どっちがいい?”










もちろん外ですwおっちゃんの好意はすごいありがたかったけどね。しゃあない。ベドローニャがダンボール拾って、場所も探してくれて。しかしこの兄さん慣れてるなー。

5時間ほど寒さに耐えたらバスに乗れる。ヒッチハイクも考えたんやけど、車も人もだーれもおらんw

ほとんど眠れず朝がくる。バスは昨夜自分たちが待ってた数メートル離れた場所にちゃんと止まる。なんでや。

ボーべ空港はえらい小さなかわいい空港で、英語で話しかけてくれるフランス人がおってwやっぱし軍も警備してるし。

ベドローニャ兄さんはイタリアへ。寒いなか、ともに震えた仲。一期一会ですなー。

そして、自分は次の国へ。


チェックイン時。Ryanairの兄さん。

 “チェックインバゲージの申込み忘れてはりますね。大丈夫です。たったの30ユーロです”


さいならみんな

1月11日

てことでdieでの最後の晩餐を終えて、翌日起床してびっくり。表が人であふれてる。dieにこんなに人間おったんか、てぐらい。これがうわさのデモか。



文字どおり高見の見物してから、自分たちはお世話になった家を掃除。シャワー室の雑多に置かれたシャンプーさえ思い出の風景。

4時過ぎにdieからValenceへバスで。レミとセリーヌとはここで別れる。いつものハグの5倍ぐらいの力。なんかなにも言うことがなかったよ。ただ、“テュ バー モア モンケ”。さみしなるね、って。


ほんでロバン、クレモンと3人でバス。あまり話はしなかったけど、ロバンは目あうたびに“oh, masa, i'll miss you”って言うてくれる。なんか目が湿ってくるやんかw

ほんでValenceに到着。テロの影響か警察がうろうろしてるし、銃を携行したアーミーポリスっていうらしい3人組も。もうマフィアにしか見えへんやん。そんなタイムリーな景色眺めながらタバコ吸ってたら、横で座りこんでた姉さんがなんか話しかけてくる。アジア人がおっても普通やからよーなんか尋ねられるんよねwで、クレモンに通訳してもうたら交通事故の影響で自力で立たれへんらしい。

彼女もクレモン達と同じ電車らしいので一緒に行くことに。自分はここからパリへ夜行バス。ここでお別れ。

なんかもう泣けてくるやん。ロバンは、なるべく早く日本行くわ!と。信じてるでーその言葉。

クレモンはパスポートが戻り次第、合流するわ、と。



さて、久しぶりに一人。Eurolinesのバスで32ユーロ。時間は12時間ほどやけど、安さには変えられん。

プリントアウトしたチケットには“19時出発。30分前にチェックインすること”とある。しっかり時間通りにやってきた自分。まだバス来てない。バスの運ちゃんに聞いても、バス停はここであってる、と。

まー渋滞とかで遅れてるんかな、と思いもう少し待つことに。

でも19時まわってもこない。20分過ぎてさすがに不安になる。テロの影響とかで中止になってるとかあり得るな、と。チケットには電話番号が記載されてたんで電話してみることに。

公衆電話発見。コイン入れるとこが見当たらない。駅の売店で“テレフォンカードください”って言うたらレシートみたいなんを売ってくれた。売店の姉さんがフランス語で使い方を教えてくれるwうん、これがフランスw7.5ユーロもかかったが。一回だけ電話したかったのに。

公衆電話と格闘すること10分。いまだに機械の音声しか聞こえてこないwwそしたら店の姉さんが助けに来てくれた。ようやくEurolinesと話せる。ただの公衆電話、なんでこんなに複雑なんやろか。

ほんで、バスについてどうなってんのか聞くと、Eurolinesの人の答えは“Valenceには25分に着いてもう出発した”と。おいおいおい、さすがにそれはおかしいでしょ、と。

“いや、でもあなたバス停から離れましたよね?”

こっちの言い分言ってお金返してもらおうとしたら

“苦情はメールで送ってください”

まー、まー、この兄さんに言うてもしゃあないんやろな、と腹立ちもおさまってくる。で、苦情用のメアドだけ聞いとく。


夜の8時過ぎ。さて、どないしたもんか。



あ!ロバンの家泊めてもらおww

でも、翌日にはパリに居とかないと、翌々日の飛行機に間に合わないんで、TGV(新幹線的な電車)の切符を買いに。今からでも、わずか2時間でパリに行けちゃう。83ユーロ。今から行くのもありやけど、野宿確定やからね。急ぐ必要もないか。

結局、グルノーブルからのTGVチケットを93ユーロで購入。翌朝8時過ぎ発。ほんで、ロバンの家まで行くためにグルノーブルまでのチケット買おうとしたら姉さんが、

“今日は無料でいいよ”

ここはタイですか?なんだそら。よくわからんけど、まーラッキー。16ユーロぐらい得した。

ほんで、車内でまたフランス語で質問されてw近くの兄さんはアラビア語ぶわーってしゃべってるし、後ろのカップルは聞き取れないスピードの英語やし。

グルノーブルに着いてトラムでムニエ駅まで。もう一回会えると思ったら歩くのも速くなる。残念ながらタコスは閉まってる。手紙だけ書いてポストに。もう会えないかもしれんからね。

で、アパート着いて、7番のボタンを押す。電子音がなってオートロックが解除される。数歩でロバンの部屋。部屋のドアを開けてくれて、誰が来たのか確認しに出てきたクレモン。目が点wwたぶん一瞬現実かなにか判断できんかったやろな。そんな顔してた。

ロバンもえらい喜んでくれて、部屋には新しく出会うベンという男の子。自分の話をクレモンやロバンから聞いた後やったみたいで、彼もえらい歓迎してくれて。ズブロッカで乾杯。

あーこの雰囲気。すごい落ち着く。なんか結果オーライ。

1.11.2015

die 11 山、人、文化

昼頃に土曜のマーケットへ。冬やってのにTシャツ一枚で出歩ける暖かさ。die滞在の最後の最後にこんな気持ちのいい気候に恵まれるなんてほんまにラッキー。


市場は天気のせいもあってか、すごい人。dieにこんなに人間おったんや、てぐらい。ほんでからやっぱりテロへの反応が。



この銅像はフランスを象徴するものらしく、同時にフランス人が大切にする自由を表してる。そこに花と一緒に“tolerance(寛容、我慢)”。デモも予定されてるんやとか。

ほんで、ネットで買ったEurolinesのパリ行きのバス券をプリントアウトするためにひたすら歩くw村に唯一の店が閉まってたからね。ほんま不便すぎでしょwでも久しぶりの陽気やし、歩くのが気持ちいい。



セリーヌ、クレモンのおかげで無事に完了。とうとう明日。



家に帰っていつものフランスパンとチーズとサラダでランチ。電話。マンちゃんの彼氏、ホマンが山に連れてってくれるらしい。彼の車に無理矢理6人乗って出発!マンちゃん、トランクできゃっきゃ言うてるしwwほんまオモロイ人ばっか。









dieの最後にこんな綺麗な景色が見れるなんて。ホマンに感謝。さらにマンちゃんがタルティフレッていうフランスの料理をつくってくれる。おまけのおまけにパリでのオススメや、そこへの地下鉄での行き方、空港までの交通手段、全部ノートにメモってくれた。

ほんで、

“人を困らせたらどうしよ?とか考え過ぎずにもっと言いたいこと言うた方がええよ。旅行やねんから。”

と。マンちゃんらしいね。自由。



セリーヌ見てても思う。ほんま自由。というか、それを実践しようとしてる。

“言いたいことを言って、やりたいことをやる。時にはそれは人を傷つけることもあるかもしれんけどね”

そんなようなことを言ってた。本心に基づいた行動が前提やとしたら、その人の見せる喜びや言葉は本物ってことやからね。そっちのがシンプルで嬉しいでしょ?って。

完璧に実践することは難しいにしても、そういう精神的な自由を広げるってことには日本も学ぶとこあるんちゃうかな。

てことで、長かったdie村から明日離れます。








1.10.2015

die 10 散歩とテロ

てことで、パリでCharlie Hebdoという新聞社(?)みたいな組織がテロリスト兄弟に襲撃されて警察官含めて12人も殺された。その時の映像をロバンに教えてもらったんで。

Disturbing contents: Gunmen fire on police officer, Charlie Hebdo Paris 


これ、首都の普通の道やからね。ほんで、この事件の影響のでかさは並じゃないっぽい。銃社会じゃないから余計に。パリは警察だらけらしいし、レミは“フランス版9.11や”いうてたし。普段社会に全く無関心(に見える)なロバンまで“これは表現の自由への攻撃”って言うてすっごいショック受けてた。

ただ、クレモンだけはその話題は聞きたくない、って態度。彼が言うには“その人にとって良い話、有益な情報以外は聞く必要がない”となんかの本で読んでから、それを実践してるんやとか。まーそれも一理あるな、と。メディアを心から嫌ってる彼らしい。けども数日後パリに行くことになってる自分には大事な情報。

パリから遠く離れたdieの田舎村でも商店は“Je Suis Charlie”って書かれた手のひらぐらいのサイズのステッカー貼って、追悼の意を表しながら営業してる。


そんな商店を眺めながら自分たちは隣村の山奥にあるモナストリーというキリスト教徒の修業するとこへ向かってハイキング。

向かいのパン屋でいつものパンを。本場のクロワッサンはやっぱりちがいますなー。しかも店主が空手やってて日本好きwwもっと早くに知り合ってたかったわ、ここの兄さん。



ロバンはいっつも笑わせてくれて、フランスで一番の友達になりました。日本に住んでみたいってちょっとほんまに思ってるみたいやから将来楽しみ。腹ごしらえしたのに、いつもの塔を通りすぎたあたりでロバンは離脱w


それにしても髪の毛切ってからむっちゃ男前やん。文句ばっか言うてるロバンとさいならして3人でのぼる。



2時間ちょいで到着。12世紀~13世紀のあたまにつくられたそうな。







病気らしい犬が2匹、木につながれてる。後ろにはフランスらしい巨大な山が見える。こんな広大な自然のなかにいるのに、ただの一本の木につながれてグルグル回ってる。



ほんであたりをぶらぶら、迫力のすごい山に囲まれてのんびり。帰り道にマンちゃんに会う。てか行き道もあったよねwwせまい村やからよくある。ほんで家に着いたらくたくた。

ほんだらロバンが新情報を。

“パリで今度は人質やってさ”

ユダヤ教徒の食べる肉かな?をあつかう店で立てこもってるらしい。イスラム教と同じで教義に沿った屠殺の仕方をしないと教徒たちはその肉を食べれない。そういう、ユダヤ教徒の集まる店をターゲットにしたってこと。ちなみに犯人は例の兄弟とは別のグループ。

いままで、フランスにはいろんな人種がおってすげーとか、こどもの声が聞こえていいなーとか言うてた。でも、ユーユーっていう兄ちゃんと話してて、彼は“差別はある、普通にある”って言うた。普通すぎて当たり前らしい。あ、書いててユーユーの言うてる意味がちょっとわかった。

アジア人やから目が小さい、とか。

アジア人やから体が小さい、とか。

アジア人やから犬食べるんやろ?とか。

全部、冗談のノリで聞いた言葉。だから自然と自分も必殺の罵倒フランス語でなんか言うてるけど、たしかによくよく考えたら差別やな、と。イラッとしたこともあった。まーこんだけ長いこと居てれば嫌なことも当然ある。

あ、ほんで例の立てこもり事件は犯人射殺で終了したそうな。それとは別の、初めに書いた兄弟による立てこもりも人質が何人か亡くなりながらも解決したらしく、これでパリが落ち着いてくれるのを願いたい。